『葬送のフリーレン』第97話「観測」または『東洋文化の根抵にあるもの』鈴木大拙
鈴木大拙は、仏教学者で、宗派は臨済宗、すなわち禅宗の人である。
私は禅がわからない。 彼が1958年12月22日の『毎日新聞』に書いた「東洋文化の根抵にあるもの」(岩波文庫 新編『東洋的な見方』 所収)の全文は、以下の通りだが、これもよくわからない。
比較のために、『葬送のフリーレン』第97話「観測」より、大魔族ソリテールのセリフを引用する。
「過程がわからなくても、原理がわからなくても、対処することはできる。
人類は、浮力の原理を解明する前から船を作り、風が怒る原理も分からないまま帆で船を操り、波が起こる原理も理解しないまま堤防を築き上げた。
人類は古来より未知を未知のまま扱う能力を持っている。
そしてそれは、最も原始的で論理的な行為の積み重ねによって産み出される。
”観測”だよ。」
これはわかる。洋の東西で船大工は存在するし、堤防建設者も存在する。天候や地震や星を観察し記録する人もいる。方法は違っても、似たようなことをしている。
しかし、鈴木大拙は、『東洋文化の根抵にあるもの』において、「東洋民族の間では、分割的知性、したがって、それから流出し、派生するすべての長所・短所が、見られぬ。
知性が、欧米文化人のように、東洋では重んぜられなかったからである。」などという。
このような理解できない説明で東と西を分けようとする。そのあたりが禅の所以なのかもしれない。
ただし、「相手になるものの勢力を分割して、その間に闘争を起こさしめ、それで弱まるところを打って、屈服させるのである。」という部分はわかる。ロシアがまさしくそれをウクライナに対して行ってきているからである。
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