「それからこんなことも言ってた、あんたは一度くいついたら放さないタイプだって」 「そう、それは石頭というよりは穏やかでいい表現だ」

「そのとき彼はあんたをきわめて呑み込みの速い人間だといってた。
彼がいったとおりの言葉で言えば、”最初の一行を見せただけで、1ページすべてを読んでしまう男だ”ってね」
「それはお世辞としか言いようがないな。私は時々唇を動かさないと字が読めない人間だ
「それは謙遜としか言いようがないじゃないかね。彼はあんたの誠実さについても太鼓判を押すって言ってた。それからこんなことも言ってた、あんたは一度くいついたら放さないタイプだって」
「そう、それは石頭というよりは穏やかでいい表現だ
ウィットフィールドは大袈裟に目をぐるりと回した。
「あんたってほんとに褒めにくい男だな、ええ?」

ローレンス・ブロック『処刑宣告』 田口俊樹訳 二見書房

“He said you had a good mind and caught on fast.
‘Give him the first sentence and he's got the whole page,’  that's what he said.”
“He was being generous,” I said.
Sometimes I move my lips.
“I don't think so. He also said good things about your character and personal integrity.
 And he said something else, too.
 He said you were dogged.”
It’s a nicer word than pigheaded.
He rolled his eyes.
“You're a hard man to compliment, aren't you?

Block, Lawrence. Even the Wicked (Matthew Scudder Book 13)

「石頭」の英語表現は、"pigheaded"だそうだ。語源はわからない。

 

 寺田寅彦さんによれば、科学者は「頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならない」
マット・スカダーは架空の私立探偵だが、まさしくそういう人物に思える。なぜって彼は小説のヒーローだから。でも控えめでお世辞が苦手だ。

 「 論理の連鎖のただ一つの輪をも取り失わないように、また混乱の中に部分と全体との関係を見失わないようにするためには、正確でかつ緻密な頭脳を要する。紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならないすなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。」

しかし、「 頭のいい学者はまた、何か思いついた仕事があった場合にでも、その仕事が結果の価値という点から見るとせっかく骨を折っても結局たいした重要なものになりそうもないという見込みをつけて着手しないで終わる場合が多い。しかし頭の悪い学者はそんな見込みが立たないために、人からはきわめてつまらないと思われる事でもなんでもがむしゃらに仕事に取りついてわき目もふらずに進行して行く。
そうしているうちに、初めには予期しなかったような重大な結果にぶつかる機会も決して少なくはない。

寺田寅彦『科学者とあたま』青空文庫



 

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