「この特定の老女は……闘志をかきたてるんだ」 “This particular old lady is a . . . a challenge.”

 “This particular old lady is a . . . a challenge.”

Dick Francis "Reflex"1980
菊池 光 訳『反射』早川書房、1982年

 challengeという言葉は、「挑戦」と単純に訳すのはもったいない時がある。菊池 光さんは、このように訳した。秀逸な表現だと思う。

 この会話の前後はこのように記述されている。

「おれは、弁護士というのは、机に坐って偉そうなこというだけで、あちこち駆け回って老女を操るようなことはしないもの、と思ってたよ」
「この特定の老女は……闘志をかきたてるんだ」
彼が話の途中で言い方を変えたのを感じ取ったが、そのことには触れないで言った

“I thought solicitors were supposed to sit behind desks and pontificate, not go tearing about manipulating old ladies.”
“This particular old lady is a . . . a challenge.”
I had an idea he had changed his sentence in midstride.

闘志をかきたてることを、英語ではchallengeという短い単語で表現できるということでもある。面白い。

そして、「老女は」と「 闘志をかきたてるんだ」の間の空白が、この弁護士の心理状態を精妙に表している。そこまでの会話は、職業としての弁護士の言葉遣いだったが、間をおいた後の言葉は、彼自身の言葉になっている。彼がどのような人なのかをこの短い文の中で的確に表現している。

Dick Francisの小説は、無駄がなく、明確な文章の手本だと思う。



コメント

このブログの人気の投稿

『未来をひらく歴史―日本・中国・韓国=共同編集 東アジア3国の近現代史』に書かれた関東大震災と朝鮮人・中国人の虐殺

「それからこんなことも言ってた、あんたは一度くいついたら放さないタイプだって」 「そう、それは石頭というよりは穏やかでいい表現だ」

『日本人とユダヤ人』に書かれた、関東大震災における虐殺に関する聞き書き