リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 5月 10, 2023 なるほど....ここは武人だけの場所ですね俺が聞いたのは武人の会話ではなく商人の会話でしたが...なんだと!?自分への利益とその大きさを計算するのは商人のやることですですから武人なら商人とは違うふるまいをすべきではありませんか?落郷文士伝 97話より主人公 孫公子 の言葉 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
『未来をひらく歴史―日本・中国・韓国=共同編集 東アジア3国の近現代史』に書かれた関東大震災と朝鮮人・中国人の虐殺 7月 17, 2022 1923年に起きた関東大震災 の震源と発生状況については、 この記事 が詳しい。それによると、 関東大震災では11時58分32秒に発生したM7.9の本震から3分後の12時01分にM7.2、5分後の12時03分にM7.3という巨大な揺れが三度発生した「三つ子地震」であることが最新の研究で判明した。つまり、本震の震央が神奈川県西部、続いて東京湾北部、山梨県東部が三つの地震の震源となった。 被害は東京(当時の人口:都市部250万人、郡部100万人)神奈川、千葉、埼玉、静岡、山梨に及ぶ広大な地域で震度6以上の揺れが発生。震度7の地域は、本震の震央とされる神奈川県小田原~鎌倉にかけての相模平野一帯から横浜、東京、房総半島南部にと広範囲に広がり、20cm以上の強い揺れが1分以上続いたとも伝えられる。震源とされる断層は、神奈川県西部から小田原、鎌倉、横須賀、横浜、千葉県館山を含む長さ約130km、幅70kmに至り、この断層が平均2.1mのずれを生じたという。 8分間に、巨大地震が3回起きたということだ。このようなことが再び起きるかもしれないし、起きないかもしれない。地震学者は、いつどこで大地震が起きても不思議ではないという。例えば この記事 では、「南海トラフ巨大地震。これは2035年からプラスマイナス5年、つまり2030〜2040年の間に必ず起きると言っていい」という。 地震は起きるものとしても、関東大震災の時のような人災は、防ぐことができるだろうか? 2006年に出版された、『未来をひらく歴史―日本・中国・韓国=共同編集 東アジア3国の近現代史』に書かれた、関東大震災と朝鮮人・中国人の虐殺についての記述である。長い引用となるが、 『日本人とユダヤ人』での、関東大震災についての記述 と合わせて読むと、朝鮮や中国の人および日本に住む人にとって、この事件はどういう意味を持つのかがわかると思う。 1923年9月1日、日本の関東地方南部でマグニチュード7.9の大地震が起き、木造の住宅だけでなく、鉄筋コンクリートのビルディングも破壊されました。 住宅が密集する東京・横浜では、大きな火災が発生し、被災者は 1960万人、死者9万人、負傷者10万人、行方不明者4万人を出しました。 これを関東大震災といいます。 このとき、多くの朝鮮人と中国人が殺害される事件が起こりました。 どう... 続きを読む
『日本人とユダヤ人』に書かれた、関東大震災における虐殺に関する聞き書き 7月 17, 2022 『日本人とユダヤ人』は、1971年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。この本で、最もノンフィクションに近いと思うのは、関東大震災について述べた部分である。 この部分についての批評は見た記憶はない。あまり大っぴらにしたくない人たちが多いのかもしれないが、大事な箇所だと思う。長くなるが、まず著者の意見を引用する。 非常に強く関心をひかれるのが、関東大震災における朝鮮人虐殺である。 前にのべた迫害のパターンからすると、少なくとも当時は、朝鮮人が迫害されねばならぬ理由は全くないといって良い。 当時の日本が実質的には欧米の資本家に支配され、その資本家と日本人大衆の間に朝鮮人が介在して暴利を独占していたわけではもちろんない。 逆であり、その多くは、むしろ最下層にあって最低の労働条件で、最低とみなされる労働に従事していたのは事実である。 またおそらくは、もし関東大震災という突発的大天災が起らなかったならば、あの悲しむべき虐殺事件も起らなかったであろうことも事実である。 絶対に、うっせきした民衆の不満が天災を契機にして朝鮮人に向って爆発したわけではない。 ということは、その後、現在に至るまでの約半世紀、こういった事件、もしくはそれと同じ性格をもつと思われる事件は、何ら発生していないからである。 従ってこの事件の原因となると、どんな解説書を読んでもはっきりとはわからない。 いわゆる進歩的な人びとや知識人の解説は、むしろある種のイデオロギーの枠にこの事件をはめこもうとしているように見える。 だがユダヤ人の目から見ると、どう再構成してもうまく枠にはめこめない事件なのである。 一方、朝鮮人の側からの発言は、当然のことだが、それへの抗議・批難・憤激が先にたつから、やはり、何が真の原因かを明らかにしていないが、この明らかでないということ自体が、一つの事実を物語っている――すなわち、どこからどう見ても、迫害さるべき理由は全くない、という事実である。 もちろん迫害さるべき「理由」などは、いかなる迫害にも建前としてはありうべきはずはない。 だが今までのべて来たように、迫害されやすい社会的位置というものは確かにあったし、迫害された者は、その位置にあるか、その位置にあるものと連らなっているか、あるいはそのいずれかと誤認された者であるのが常であった。 だが、関東大震災当時の朝鮮人は、どう... 続きを読む
『葬送のフリーレン』第97話「観測」または『東洋文化の根抵にあるもの』鈴木大拙 8月 11, 2022 鈴木大拙は、仏教学者で、宗派は臨済宗、すなわち禅宗の人である。 私は禅がわからない。 彼が1958年12月22日の『毎日新聞』に書いた「東洋文化の根抵にあるもの」(岩波文庫 新編『東洋的な見方』 所収)の全文は、以下の通りだが、これもよくわからない。 比較のために、『葬送のフリーレン』第97話「観測」より、大魔族ソリテールのセリフを引用する。 「過程がわからなくても、原理がわからなくても、対処することはできる。 人類は、浮力の原理を解明する前から船を作り、風が怒る原理も分からないまま帆で船を操り、波が起こる原理も理解しないまま堤防を築き上げた。 人類は古来より未知を未知のまま扱う能力を持っている。 そしてそれは、最も原始的で論理的な行為の積み重ねによって産み出される。 ”観測”だよ。」 これはわかる。洋の東西で船大工は存在するし、堤防建設者も存在する。天候や地震や星を観察し記録する人もいる。方法は違っても、似たようなことをしている。 しかし、鈴木大拙は、『東洋文化の根抵にあるもの』において、「東洋民族の間では、分割的知性、したがって、それから流出し、派生するすべての長所・短所が、見られぬ。 知性が、欧米文化人のように、東洋では重んぜられなかったからである。」などという。 このような理解できない説明で東と西を分けようとする。そのあたりが禅の所以なのかもしれない。 ただし、「相手になるものの勢力を分割して、その間に闘争を起こさしめ、それで弱まるところを打って、屈服させるのである。」という部分はわかる。ロシアがまさしくそれをウクライナに対して行ってきているからである。 続きを読む
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